ラウル・デュフィ Raoul Dufy

フランス 1877年 〜 1953年

絵画・版画高価買取

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明るい色面に軽快な筆さばきで線描をする独特の様式で知られ、日本でも人気の画家。
ピカソやマティスなどとともに、20世紀前半にフランスで活躍した。
地中海のまばゆい光と解放的な風土、演奏中のオーケストラや行楽地の風景を主題とした作品で、その様式を開花させた。


性別
男性
誕生日
1877年6月3日(日)
歿日
1953年3月23日(月)
主な出来事
1877年明治10年

ル・アーヴルに生まれる。

1899年明治32年

ル・アーヴル市から奨学金を得て、パリの国立美術学校で学ぶ。

1900年明治33年

印象主義の画家クロード・モネ、ポール・ゴーギャン、フィンセント・ファン・ゴッホ、カミーユ・ピサロなどに影響を受ける。

1905年明治38年

サロン・デ・ザンデパンダンで、アンリ・マティスの《豪奢、静寂、逸楽》 に刺激を受け、やがてフォーヴィスムの手法で描くようになる。

1906年明治39年

サロン・ドートンヌに初出品。

1907年明治40年

同サロンでセザンヌの回顧展を観る。

1908年明治41年

レスタックに滞在、ジョルジュ・ブラックが合流し、共にセザンヌの影響のもと同地の風景画を制作。フォービズムから離れていく。

1909年明治42年

主に木版画やテキスタイル・デザインなど絵画以外の仕事に携わる。

1912年大正元年

フランスのシルク製造業を率いたリヨンのビアンキーニ・フェリエ商会とデザイナー契約を結ぶ。

1914年大正3年

第一次世界大戦が起こり、陸軍郵便事業に従事。

1918年大正7年

ジャン・コクトーの舞台デザインを手がける。

1920年大正9年

南仏とノルマンディーを行き来し、またモロッコ、イタリア、イギリスなどを旅行しながら、その土地特有の景観やモティーフを鮮やかな青色の基調色に描く。

1925年大正14年

「シャトー・ドゥ・フランス」シリーズが国際装飾美術展で金賞。

1934年昭和9年

化学者ジャック・マロジェが発明した絵具を使用するようになり、色彩の明度・彩度を高める。
パリ万国博覧会電気館の壁画《電気の精》 の制作開始、デュフィの代表作となる。

1941年昭和16年

ペルピニャンにアトリエを構え、以降、オーケストラ、麦打ち、黒い貨物船などの連作を描く。

1952年昭和27年

第26回ヴェネチア・ビエンナーレ絵画部門の大賞を受賞。

1953年昭和28年

3月23日、フォルカルキエにて死去。75歳。

最終更新 2016年01月11日
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